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石橋秀仁(zerobase)書き散らす

まじめなブログは別にあります→ja.ishibashihideto.net

日本語圏には国家間競争がない〜九州や沖縄の独立を

まず最初に誤解のないように言っておく。「独立したほうがよい」という言葉をどういう立場で言っているか。「日本にとって」ではなく「九州にとって」「沖縄にとって」だ。日本の利益にはならないのかもしれないが、そんなの知ったことじゃない。自治とはそういうことだ。独立とはそういうものだ。自分たちのためにやるものだ。

日本人と革命

日本の知的風土では概念が脆くなる

日本人は、概念を強固な理念として打ちたて、実際の行動につなげていくことが苦手だ。

概念の理念化実践が苦手だ。

戦争までは、これができていた。

戦後も、いっとき盛り上がった。学生運動だ。

それが最後だった。

戦後、日本は宗教を貶めた。

日本人は「理念の力」を信じない民族になった。

これは特異な事態だ。日本の歴史を振り返れば、「○○の乱」とか「○○一揆」とかいった例が、山ほどあるじゃないか。

日本の大衆はむかしから無気力だったわけではない。権力者に飼い慣らされていた畜生だったわけではない。

日本でも革命は可能だった。いまは難しい。

現代の独立

ところで、グローバルな視野では、現代でも、国家から独立することは可能だ。これは現実的な話だ。

現代日本における独立の可能性

現代の日本では内戦など起こらない。住民が求めれば日本国から地方が独立することは可能だろう。無血独立戦争だ。

九州が日本国から独立しないだろうか、と思っている。

九州よりも沖縄で独立機運が高まる可能性が高い。しかし、最終的には米国が決定権を持っているのだろう。独立機運が高まっても、現実に独立できるかどうか。

日本語圏における国家間競争

グローバルな視野から見て、日本語圏の国家が二つあるということは、日本語国家間で競争が生じるということだ。

逆に言うと、いまの日本国政府は、日本語圏で競争から免れた「独占企業」だと言える。

競争による進化を。

市場原理を。