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石橋秀仁(zerobase)書き散らす

まじめなブログは別にあります→ja.ishibashihideto.net

情報社会思想とインフォメーション・アーキテクトの関係

(『ブログの作文について』のコメントに対して)

「思想」が今後どうなっていくのか。20世紀までのように言葉や文章のまま流通して社会を変えることは無くなるのではないでしょうか。思想はアーキテクチャに実装されて社会を変えるのではないでしょうか。そういうふうに考えているので、今後は情報社会思想とインフォメーション・アーキテクトの重要性が増すと思います。

「哲学」に期待することはあります。いま哲学者と一緒に考えたいのは「情報の哲学」です。ルチアーノ・フロリディの著書 "Information" はとても面白かったです。こういう本はインフォメーション・アーキテクトとしての仕事に役立ちます。構想力の糧になります。

ところが、こんなにも重要な哲学者の著書が、ほとんど翻訳されていません。残念です。「プロ哲学者」にそういう役割を期待するのはお門違いなのでしょうか。そうは思えないのですが。

余談ですが、「哲学と科学の切断が明らかになった1930年代以降、哲学はオタクとオカルトに分裂してしまった」という東浩紀氏の言葉が印象的です。『意味がわからなすぎてツライ哲学科の日常』は笑えるけれど、色々と心配になりますね(というのも冗談で、ネタを本気にしているわけではありませんが)。

ちなみに、「思想がアーキテクチャに実装されて社会を変える」ということは、面白おかしく言ってしまえば、「思想が市場で競争する」ことも増えてくるでしょうね。ある思想やアーキテクチャを言葉で批判するよりも、別のアーキテクチャによってユーザーを奪ったほうが手っ取り早いわけですから。20世紀は「思想が国家間で戦争する」時代だったわけですが、21世紀は「思想が市場で競争する」という時代になるはずです。

UEIが思想家/小説家の東浩紀氏をCPOとして招聘 〜 企業活動に哲学的な文脈(コンテクスト)を付与」というニュースを見たときには「ついに来たか」と思いました。これは例外的なケースではなく、新たなトレンドの鏑矢です。情報社会思想家とウェブ開発企業が協力するケースは、今後次々と出てくるでしょう。

まあ、この予測は外れるかもしれませんが。